大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)171号 判決 1999年3月04日

岡山県和気郡和気町衣笠1071番地

原告

光山益弘

訴訟代理人弁護士

藤本徹

近藤幸夫

弁理士 鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

東京都千代田区神田須田町2丁目6番5号 OS'85ビル

被告

株式会社ハゴロモ

代表者代表取締役

橘倍男

訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

補佐人弁理士

川村恭子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  請求

特許庁が平成7年審判第20948号事件について平成9年6月4日にした審決を取り消す。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、考案の名称を「ディスクケース」とする登録第2054325号実用新案(昭和62年9月10日出願、平成4年3月9日出願公告、平成7年3月6日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。

被告は、平成7年9月29日、本件考案の実用新案登録を無効とすることについて審判を請求をした。

特許庁は、この請求を同年審判第20948号事件として審理し、平成9年6月4日、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は、同月19日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

不織布を用いて形成した偏平な内袋3と、この内袋3を被う軟質な合成樹脂シート製の偏平な外袋2とからなるディスクケースにおいて、前記内袋3の一方の片面上部を外袋2内面に接着するとともに、内袋3の他方の片面と外袋2内面は接着せず、その間を紙片収納部としたことを特徴とするディスクケース。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)のとおりであり、審決は、審判段階における証人田口雅裕(以下「田口」という。)、証人氏家栄紀(以下「氏家」という。)、証人篠田聖年(以下「篠田」という。)の各証言(本訴甲第5ないし第7号証)並びに本訴における検乙第1号証の1ないし5(篠田所有のCDキャリングケース)により、本件考案の登録出願日より前の昭和62年9月9日以前に被告の営業用見本であるCDホルダと株式会社東京アビック(以下「東京アビック」という。)の販促用のCDホルダ(以下、これらを「本件ホルダ」という。)が公然知られていたことを認定し、さらに、本件考案は、本件ホルダと同一の考案であって、実用新案法3条1項1号又は2号に規定する考案に該当するから、その登録を無効とすべきであると判断した。

第3  審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  審決の理由1(無効審判請求の理由等。2頁2行ないし4頁17行)は認める。ただし、無効審判請求の理由は、補正により変更されたものである。

(2)  同2(証言により立証された事実。5頁1行ないし10頁3行)は争う。

(3)  同3(本訴における検乙第1号証の1ないし5(篠田所有のCDキャリングケースの検証結果。10頁7行ないし11頁5行)は認める。

(4)  同4(認定事実。11頁6行ないし12頁16行)は争う。

(5)  同4(本件考案の要旨。12頁18行ないし13頁末行。ただし、項番号の「4」は重複しているものである。)は認める。

(6)  同5(比較、判断等。14頁2行ないし15頁15行)は争う。

2  取消事由

審決は、透明で軟質な樹脂シート製の外袋と白い不織布製の内袋とからなる二重袋であり、外袋と内袋はその左右両側において溶着されており、さらにその上端開口部の表側が溶着され、裏側は溶着されていないCDホルダ(本件ホルダ)が、昭和62年9月9日以前に、被告の営業用見本として、及び、東京アビックの販促品として公然知られていた旨(審決書12頁7行ないし16行)認定するが、誤りである。本件ホルダ(検乙第1号証の2ないし4。)は、本件考案の出願後に公知公用となったものである。

本件ホルダが昭和62年9月9日以前に公知公用となった旨の被告の主張及びそれに沿う証人篠田らの証言が採用することができない理由は、次のとおりである。

(1)  新タイプのCDホルダと旧タイプのCDホルダ

<1> 甲第15号証及び乙第1号証のパンフレット

(a) 原告が代表者である株式会社日新(以下「日新」という。)が製造していたCDホルダには、新タイプ(本件ホルダ)と旧タイプの2つのタイプがあった。旧タイプは、外袋と内袋が底部で接着され、上縁の片面が接着されていない構造のものであった。

(b) 被告は、本件ホルダの商品パンフレットとして甲第15号証を指摘する。甲第15号証が新タイプのCDホルダを撮影したものであるとしても、そのことは、新タイプのCDホルダが昭和62年9月9日以前に公知公用となったことを意味するものではない。すなわち、昭和62年8月24日、凸版印刷株式会社の掛谷公一(以下「掛谷」という。)は、被告担当者竹澤喜孝(以下「竹澤」という。)及び原告と甲第15号証等の作成の打合せを行った際、CDホルダのサンプルを預かったが、それは旧タイプのものであった。見積書を提出して受注後、掛谷は、原告から新タイプのCDホルダを受け取り、それに基づき甲第15号証のパンフレットを作成し、昭和62年9月11日ころ納品した(甲第72号証)。なお、新タイプのCDホルダについては、その実用新案登録出願を終えるまで被告担当者及びその顧客先には一切見せていない。

(c) 被告は、本件ホルダの商品パンフレットとして乙第1号証も提出するが、乙第1号証の作成者及び作成時期については、疑問がある。

乙第1号証は、岡山地裁における竹澤に対する第2回目(平成8年11月6日)と第3回目(平成9年1月29日)の証人尋問の期日間に、平成4年6月以降(甲第41号証(被告の商業登記簿謄本)の本店移転日平成4年6月15日参照)に作成されたことが明らかな甲第39号証の写真を使用して被告により作成されたものと考えられる。

<2> 空押し

(a) 甲第23号証(昭和62年9月11日送信の被告から日新へのファクシミリ)には、「従来タイプと空押の割合は空押サンプルを見てから連絡します。」と記載されている。

上記記載における「空押」とは、ビニールを高周波接着する場合に、溶断刃のついていない「型」で押して、ビニールを溶断することなく接着することを指す業界用語であり、新タイプのものを意味する。本件ホルダにおいては、内袋と外袋とを接着するために、上縁開口部と左右両側部1を型で押すと、外袋を形成するビニールシートの表面の上1縁開口部と左右両側部に大きく目立つ凹み模様が形成されるため、これを「空押」と呼んだものである。

したがって、甲第23号証は、昭和62年9月11日時点において、被告はまだ新タイプのCDホルダを見たことがないことを示している。

(b) また、甲第24号証(昭和63年1月14日付け被告から日新へのファクシミリ)は、シングルタイプのCDホルダには新タイプと旧タイプの2つのタイプがうって、それが昭和63年1月14日時点まで混在しでいたことを示している。

(2)  「PAT.N」のマーク

<1> 本件ホルダには、「PAT.N」のマーク(Nは、イラスト化されたもの。以下「本件特許マーク」といい、「N」の部分のみを「本件Nマーク」という。)が付されている。

<2> 日新がCDホルダ製品に本件特許マークの使用を開始したのは、昭和63年6月以降であり、昭和62年9月9日以前に本件特許マークを使用したことはない。

<3> 日新は、本件Nマークのデザインを、みすまる産業株式会社の大阪営業所長藤原忠昭の紹介で(甲第32号証)、粟飯原誠一(以下「粟飯原」どいう。)に依頼した。粟飯原から依頼のデザインが納品されたのは、昭和62年11月である。上記納品の日付は、粟飯原が代表者であるアイランド株式会社の設立日(昭和62年11月12日-甲第33号証)、納品書控(甲第28号証)の日付(昭和62年11月19日)により裏付けられている(甲第27号証)。

なお、納品書控(甲第28号証)が納品伝票帳の表紙裏面にホッチキスで綴じられ、同じ内容が転記されているのは、これまで1冊の納品伝票帳を使用していたが、継続的に売上の見込める依頼者については専用の納品伝票帳を使用することとしたためである(甲第34号証)。

<4> また、日新の刻印の発注先は、中島金属箔粉株式会社であるが、同社から日新への本件Nマークの刻印の納品は、昭和63年4月7日である(甲第29号証の11)。

<5>(a) 被告は、昭和62年8月に7万枚製作されたブック式ホルダのうちの1枚であるとして本件特許マークの付された検乙第2号証を提出するが、そのパンフレット(検乙第2号証の2)中のCDホルダには上縁の接着痕が見当たらないのに対し、ブック式ホルダ(検乙第2号証の1)には上緑の接着痕があり、何らかの作為があったと考えるほかはない。ブック式ホルダは、昭和62年8月に7万枚製造されただけであるが、新タイプのブック式ホルダは結局商品化されず、被告に納品されていないものである。

(b) 被告主張の取引(乙第40ないし第80号証)のうち、アコムとの取引(乙第66号証)、トキワ楽器との取引(乙第69号証)及びやまぐちレコードとの取引(乙第75号証)については、納品した事実は認めるが、商品の同一性は争う。その余のミュージック620A等との取引については、知らない。

被告主張の取引に係る製品は、本件特許マークの使用開始時期からして、日新が製造したものではあり得ない。何らかの作為があったと考えるほかはない。

(c) また、被告提出の検乙第2号証等の検証物は、年月の経過により材質が劣化し、長年の使用で汚れるはずであるのに、あまりにきれいすぎる。

<6> 被告社員竹澤の平成4年7月6日付け証明書(甲第60号証)添付のCDホルダの図面には、商品を見せながら説明して中沢弁理士に作成してもらったものであるにもかかわらず、本件特許マークが記載されていない。竹澤の昭和62年7月に受け取ったサンプル品には本件特許マークが付されていなかった旨の供述(甲第64号証)は、上記の矛盾を言い逃れようとするものにすぎない。

竹澤は、昭和62年9月にレンタルアコムの伊丹店の開店手伝いに行った際、本件特許マークに気付いたと供述したにもかかわらず(甲第63号証)、本件特許マークの消去を原告に求めたりしておらず、本件ホルダの実質上の考案者であるとの立場と矛盾した行動を採っている。

<7> 日新は、昭和62年1月から昭和63年12月までの2年間にギフト専門誌「百貨通信」に3回広告を出しているが(甲第68号証の1ないし3)、本件Nマークを付した広告は、昭和63年4月号に初めて掲載されており、それ以前の各掲載広告には本件Nマークは付されていない。

(3)  審判段階における証人篠田等の証言の信用性

<1> 証人田口及び証人氏家

これらの証人は、CDホルダの構造につき詳細に証言しているが、CDホルダは、キャリングケースの付属品にすぎず、また、CDのレンタル店以外では、CDの保護袋であるCDホルダの構造等はどうでもよいものであるのに、そのようなCDホルダの構造を詳細に記憶していること自体不自然である。

同証人らが、そのように詳細な証言をしたのは、平成8年12月に証言するに当たって改めて見せられた商品の記憶に基づくものであって、昭和62年当時の記憶に基づくものではなく、同証人らの証言は、全く信用性がないものである。

<2> 証人篠田

証人篠田は、オータムセールの開始日が9月1日と証言するが、甲第65号証の加工指示書によれば、出荷日は9月4日で、9月5日着となっている。これは、9月5日着で十分間に合うように予定されていたからにほかならない。したがって、証人篠田の証言は、そもそもオータムセールの開始日が誤っている。

また、同証人は、オータムセールの開始日の1、2日前にサンプル品でポスターを作成し、サンプル品は2、3個あったと証言するが、この点は、東京アビックに置いてきたサンプルはキャリングケースとCDホルダ各1個であったとする証人田口の証言と矛盾する。

さらに、証人篠田は、前日に本件ホルダの現物を見て、それを基に図面を書く練習をしたにもかかわらず、それを隠すような証言をしている。

第4  審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

審決の取消事由のうち、本件ホルダのうち東京アビックに納品されたものに本件特許マークがあること((2)<1>の一部)は認め、その余の事実は争う。

2  反論

(1)  東京アビックへの販売

<1>(a) 本件ホルダは、透明で軟質な樹脂シート製の外袋と白い不織布製の内袋とからなる二重袋であり、外袋と内袋はその左右両側において溶着されており、外袋と内袋はその左右両側において溶着されており、さらに、その上端開口部の表側が溶着され、裏側は溶着されていないものである。

(b) 被告社員竹澤は、昭和62年6月、原告に対し、本件ホルダの試作を依頼した。原告は、その依頼を受けて本件ホルダを作成し、同年7月23日、大阪国際ホテルにおいて(乙第16号証)、竹澤に対し、本件ホルダ約50枚を手渡した。

(c) 被告の販売担当者らは、本件ホルダを使用して、被告の顧客であるCDレンタル店やCD販売店等に対し、レンタル店使用品や販促品として本件ホルダを売り込んだ。

(d) 被告社員田口は、昭和62年7月下旬、東京アビックに対し、本件ホルダの売り込みを開始したが、東京アビックは、同月30日ころ、同年9月1日からのオータムセールにおける販促品として、本件ホルダの入ったCDキャリングケースを採用した。

そして、本件ホルダの入ったCDキャリングケースは、昭和62年9月1日、日新から東京アビックヘ直接発送され(乙第3号証の0及び10)、その翌日ころ納品された(検乙第1号証の1ないし5は、その一部である。)。

(2)  新タイプと旧タイプのCDホルダについて

<1> 旧タイプのCDホルダの不存在

原告主張の旧ホルダ(底部で接着されたもの)は、被告は扱ったこともないし、取引先で当時それを見たこともない。

旧ホルダが存在したのであれば、本件考案の出願明細書(乙第4号証)にも旧タイプのCDホルダが記載されているはずであるのに、そのような記載はない。

<2> 甲第15号証及び乙第1号証について

(a) 甲第15号証のパンフレット及び乙第1号証のパンフレットは、本件ホルダを一般ユーザヘ直接販売することを計画した際に作成されたものであり、昭和62年8月下旬に、凸版印刷株式会社がCDホルダを撮影した上、製作したものである(乙第26号証の1、2、甲第26号証、乙第9ないし第11号証)。

原告は、乙第1号証は平成4年6月以降に作成されたことが明らかな甲第39号証の写真を使用して新たに作成された旨主張するが、甲第39号証のポスターの制作時期が昭和63年夏ころであることは、乙第32号証の2から明らかである。

(b) 甲第15号証のパンフレット(マイコレクション)には、上方と側方に接着痕があるCDホルダが掲載されている(乙第33号証)。

(c) また、乙第1号証のパンフレット(ベストパートナー)にも、上方と側方に接着痕があるCDホルダが掲載されている。

(d) なお、甲第72号証(掛谷陳述書)は、追い詰められた原告が窮余の策として掛谷に頼み込んで事実を巧妙にねじ曲げて作成されたものである。すなわち、原告は、当初旧タイプのCDホルダが存在する根拠として自ら甲第15号証のパンフレットに上方と側方に接着痕がないCDホルダが写っていると指摘したが、乙第33号証の提出により甲第15号証には上方と側方に接着痕があること自体は否定できなくなったために、甲第15号証のパンフレットの写真が後に撮り直されたものであるかのように主張するに至り、掛谷を利用して甲第72号証の陳述書を作成させたものと考えられる。原告は、新タイプのCDホルダを本件考案の出願日まで被告担当者にも見せず、凸版印刷のみに見せて写真撮影した旨主張するが、当時被告の下請業者的存在にすぎない原告が被告の扱う商品及びそのパンフレットの変更といった重要な事項を被告に無断で行えるはずがないものである。

<3> 原告の他の実用新案登録出願中の記載

また、原告が昭和62年8月8日に出願した昭和62年実用新案登録願第121790号(乙第2号証)の第1図には、外袋と内袋の接着痕が上縁部のL字型形状、側方部の直線形状のものが図示されており、原告がその出願手続を依頼したころには既に本件考案と同じ形状のCDホルダが存在していたものである。

<4>空押し

甲第23号証の「空押」とは、文字又は図形等を彫った金型(刻印)を用いてビニール等に印字するときの手段として行われるもので、「箔押し」に対応する言葉である。本件で問題となっている内袋と外袋とを接着するという作業は、高周波により塩化ビニール(外袋)を溶かして不織布(内袋)に溶け込ませて溶着するという作業である。本件考案において認められる内袋と外袋との片側上縁の接着部は、高周波接着における接着痕にすぎないのである。

甲第24号証における「新」、「日」とは、「旧」ホルダでは、バーコードのシールが簡単に剥がれてしまい、レンタル業務用としては不向きであることが判明したため、バーコードのシールが安定して貼着できる材料に変えたものが「新」ホルダである(甲第8号証)。

したがって、甲第23号証の記載内容と甲第24号証の記載内容とは、技術的又は構造的に全く関連性がないものである。

(3)  本件特許マークについて

<1> 本件特許マークの使用時期

本件特許マークは、昭和62年8月当時、日新が既にCDホルダ製品に使用していた。

<2> 検乙第2号証

昭和62年8月時点において、CDホルダには、本件ホルダの属するシングルタイプのもの(検乙第1号証の2ないし4)とブック式のもの(乙第5号証の3ないし5、乙第7号証)とが存在した。ブック式ホルダは、昭和62年8月に7万枚製作された(乙第7号証、甲第23号証)。被告が日新からブック式ホルダを購入したのは、この時の7万枚だけである。

検乙第2号証の1は上記7万枚のうちの1枚であるが、これには本件特許マークが存在していう。この事実は、昭和62年8月の時点で日新が製造した7万枚のブック式ホルダに本件特許マークが押されていたことを示している。

<3> 各販売事実

(a) 被告は、昭和62年11月初旬、「ミュージック620A」(奈良県八木市内膳町4-4-5所在)に対し、検乙第2号証と同一のブック式ホルダ、及び本件ホルダと同一のホルダの入った「マイコレクション」を販売しているが(乙第40号証、検乙第3号証の1ないし3)、それらには、本件特許マークが付されている。

(b) 被告は、昭和62年12月、「中村ミュージック」(長野県須坂市本町通り185所在)に対し、本件ホルダと同一のホルダが入った「ベストパートナー」を販売しているが(乙第51号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(c) 被告は、昭和62年12月、「レコード専門店 和音」(群馬県山田郡大間々町7丁目828の3)に対し、本件ホルダと同一のCDホルダを販売しているが(乙第53号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(d) 被告は、昭和63年5月及び6月、大阪放送株式会社(ラジオ大阪)に対し、本件ホルダと同一のCDホルダを販売したが(乙第56号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(e) 被告は、昭和62年11月、松下電器産業株式会社(オーディオ事業部国内営業部)に対し、本件ホルダと同一のホルダの入った「マイコレクション」を販売したが(乙第60号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(f) 被告は、昭和62年10月後半、アコム株式会社(レンタルアコム溝の口店)に対し、本件ホルダと同一のホルダを販売したが(乙第65号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(g) 被告は、昭和62年秋、株式会社トキワ楽器に対し、本件ホルダと同一のホルダの入った「マイコレクション」を販売したが(乙第68号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

(h) 被告は、昭和62年秋、「やまぐちレコード」に対し、本件ホルダと同一のホルダ5枚入りとした「マイコレクション」を販売したが(乙第73、第74号証)、それらには、本件特許マークが付されている。

<4> 本件特許マークの作成時期について

(a) 甲第28号証(納品書控)は、粟飯原の手によって元の冊子から外されて1枚だけ保管されていたというものであり、さらに、別冊の納品書に書き直されているというものであるから、不自然極まりない。

そのような1枚の納品書控は、後からでも容易に作成できるものであり、実際、その原本は到底10年以上前に書かれて現在まで保管されていたものとは思えないほどに新しいものである。

また、かかる請求書控が残っているのであれば、粟飯原が代表者であるアイランド株式会社の売上帳等の他の帳簿も当然保管されているはずであるが、そのような帳簿の提出はなく、また、みすまる産業株式会社から日新への請求書や領収書等の証拠も提出されていない。

(b) 甲第29号証の11の中島金属箔粉株式会社の得意先元帳には、昭和63年4月7日の欄に、刻印として「N(株)日新」の記載がある。しかし、同元帳の他の欄の刻印の商品名には、刻印の文字そのものが記載されていることからすると、「N (株)日新」は、SPAT.N」とは異なる刻印であると考えざるを得ない。

(4)  証人篠田らの証言の信用性について

証人篠田ら3人の審判段階における証言は、本件ホルダの形態について共通であり、当時、それが斬新なものとして受け入れられていたことからすれば、各証人の記憶に基づく証言は信用するに足りるものである。

原告が指摘する点は、いずれも強引なこじつけあるいは揚げ足取りのごときものである。

(5)  東京アビック以外への販売の事実

被告は、東京アビック以外にも、本件ホルダを販売している。このような東京アビック以外へも数多く販売している事実が認められることは、同じころ行われた東京アビックへの本件ホルダの販売の事実を裏付け、また、証人篠田らの証言の信用性を高めるものである。

<1> 被告の社員高木雅生(以下「高木」という。)は、昭和62年7月30日ころ、東京のレコード・CDメーカーのRVC株式会社(担当者田中芳彦)に対し、本件ホルダ及びCDキャリングケースを販売し、同製品は、同年8月17日、日新から直接RVC株式会社に発送され、納品された(乙第14、第15、第19号証、乙第5号証の2)。<2> 被告社員竹澤は、昭和62年7月末、株式会社ビーバーレコード(代表者春田幸裕)に対し、本件ホルダを販売し、同年8月28日ビデオステーション茨木店に2000枚(乙第3号証の2)、同年9月1日ビデオステーション豊中店に1000枚(乙第3号証の4)、同日、ビーバーレコードナンバ店に1000枚(乙第3号証の5)、ビーバーレコード堂島店に1000枚(乙第3号証の6)が、日新から直接発送され、納品された(乙第13号証、甲第8号証)。

<3> 被告社員高木は、昭和62年7月末ころ、有限会社ミントンハウス(代表者竹内進)に対し、本件ホルダと同一のCDホルダを販売し、同製品は、同年8月12日、日新から直接有限会社ミントンハウスに発送され、納品された(乙第5号証の1、乙第14、第19、第20号証)。

<4> 被告の営業社員らは、昭和62年7月末から8月にかけて、本件ホルダを他の顧客へも提示して、その販売活動を行い、本件考案の出願前に、被告の顧客に納品された本件ホルダは2万枚を超えていたものである(甲第4号証の2末尾の一覧表、乙第3、第5号証)。

理由

第1  認定事実

1  本件ホルダが公知公用となった時期

甲第5号証(田口証言調書)、甲第6号証(氏家証言証書)、甲第7号証(篠田証言調書)、甲第8号証(竹澤証言調書)乙第3号証の0及び10(昭和62年9月1日付け運賃請求票)、乙第13号証(春田幸裕証言調書)、乙第14号証(高木証言調書)、乙第15号証(田中芳彦証言調書)、乙第16号証(昭和62年7月23日付け大阪国際ホテルラウンジ領収証)、甲第7号証により被告主張のとおりのものと認められる検乙第1号証の1ないし5(篠田所有のCDホルダ等)及び弁論の全趣旨によれば、日新は、昭和62年7月、透明で軟質な樹脂シート製の外袋と白い不織布製の内袋とからなる二重袋であり、外袋と内袋はその左右両側において溶着されており、さらにその上端開口部の表側が溶着され、裏側は溶着されていないCDホルダ(本件ホルダ)を製作したこと、日新の代表者である原告は、同月23日、大阪国際ホテルで、被告担当者である竹澤に対し、本件ホルダ約50枚を被告の営業用見本として手渡したこと、被告の販売担当者らは、上記見本を示しながら、被告の顧客であるCDレンタル店やCD販売店等に対し、レンタル店自己使用品や販促品として本件ホルダを売り込んだが、東京アビックに対しては、昭和62年7月下旬、被告社員田口が売り込みを開始し、同月30日とろ、同年9月1日からのオータムセールにおける販促品として採用されたこと、本件ホルダは、昭和62年9月1日、日新から東京アビックへ直接発送され、その翌日ころ納品されたことが認められる。

2  原告の主張に対する判断

原告は、本件考案の出願日である昭和62年9月10日以前に、被告が原告から受け取って販売していたCDホルダは旧タイプのCDホルダである旨主張し、被告の主張及びそれに沿う証人篠田らの証言が採用できない理由として種々の主張をする。しかしながら、原告のこれらの主張は、次のとおり、いずれも理由がない。

(1)  証人篠田らの証言の信用性

審判段階における証人のうち、氏家及び篠田は東京アビックの社員であり、被告と特別の関係にあることを認めるに足りる証拠はない上、動かし難い事実と合致しない等その信用性に疑いを差し挟ませる事情も認められないものであり、証人篠田らの証言が信用性を欠く理由として原告が述べる点(取消事由(3))も篠田らの証言の信用を左右するものとは認められない。また、昭和62年8月22日付けの被告から日新に対する加工指図書(甲第69号証)には、東京アビックへの出荷指図が9月4日となっている点も、同号証には、「<大至急>お願いします 9/5着(9/上旬よりイベント使用の為)」との記載もされており、遅くとも9月5日には到着するようできる限り早い出荷を求めていたことが明らかであり、現実の出荷が同月1日(乙第3号証の10、乙第93号証)となっていることが認められる以上、当初指図された日より早く出荷することができたものと認めても何ら不合理ではなく、甲第69号証と証言内容との相違をもって、直ちに証人篠田の証言が信用できないものと認めることはできない。

(2)  甲第15号証及び乙第1号証

<1> 甲第8号証(竹澤証言調書)、甲第26号証(原告陳述書。一部採用しない部分を除く。)、甲第36号証(竹澤岡山地裁平成8年11月6日証言調書)、乙第9、第10号証(日薪の被告に対する昭和62年9月18日付け請求明細書2通)、乙第26号証の1、2(昭和62年8月24日付け凸版印刷の見積書)によれば、甲第15号証(マイコレクション)は、被告がCDホルダをCDキャリングケースとセットにして一般ユーザへ販売することを計画した際作成された商品パンフレットであり、昭和62年8月24日ころから同年9月11日ころの間に、原告が紹介した凸版印刷株式会社がCDホルダの入ったCDキャリングケースの写真撮影をした上製作したものであることが認められるが、弁論の全趣旨により甲第15号証の製作に使用されたネガフィルムの拡大写真であると認められる乙第33号証によれば、甲第15号証に写っているCDホルダの上方と側方に接着痕があることが認められ、甲第15号証の作成の際撮影されたCDホルダは本件ホルダ(新タイプのホルダ)であることが認められる。したがって、甲第15号証から、審判段階における証人篠田らの証言が動かし難い事実に反して信用できないものと認めることはできないものである。

原告は、昭和62年8月24日、凸版印刷の担当者掛谷が被告担当者竹澤及び原告と甲第15号証等の作成の打合せを行った際受け取ったCDホルダは旧タイプのものであり、見積書を提出して受注後、掛谷は原告から新タイプのCDホルダをを受け取り、それに基づき甲第15号証のパンフレットを作成して同年9月11日ころ納品したが、被告担当者には本件考案の出願まで新ホルダを見せなかった旨主張し、それに沿う証拠として甲第72号証(掛谷陳述書)を提出するが、原告の上記主張は、甲第15号証が被告が販売を計画していたCDホルダ製品のパンフレットとして製作されたものであるのに、被告の了解を得ることなくパンフレットに登載する写真を変えたことを意味するものであり、到底採用することができない。

<2> 乙第1号証及び弁論の全趣旨によれば、乙第1号証(ベストパートナー)は、被告がCDホルダを一般ユーザへ販売することを計画した際作成された商品パンフレットであると認められるが、乙第1号証には、本件ホルダ(新ホルダ)の写真が登載されていることが認められる。したがって、乙第1号証から、審判段階における証人篠田らの証言が動かし難い事実に反して信用できないものと認めることはできないものである。

なお、原告は、乙第1号証は、岡山地裁における竹澤に対する第2回目(平成8年11月6日)と第3回目(平成9年1月29日)の証人尋問の期日間において、平成4年6月以降に作成されたことが明らかな甲第39号証の写真を使用して被告により新たに作成されたものである旨主張するが、乙第32号証の2によれば、雑誌「コンフィデンス」1108号(昭和63年7月18日発行)に乙第1号証に記載されたCDホルダと同じCDホルダを使用した被告の広告が掲載されていること及びその広告には被告の住所として東京都千代田区神田司町2-16第2小林ビル5Fと記載されていることが認められ、さらに、乙第1号証には、被告の住所として東京都千代田区神田小川町1-11平岡ビルと記載されているところ、乙第30号証及び甲第37号証によれば、被告の本店(営業部門)が前記神田小川町1-11平岡ビルから神田司町2-16第2小林ビルに現実に移転したのは、昭和63年7月ころであることが認められ、これらの事実によれば、乙第1号証(ベストパートナー)は平成4年6月以降に作成された旨の原告の主張は到底採用することができない。

(3)  空押し

<1> 原告は、甲第23号証(昭和62年9月11日送信の被告から日新へのファクシミリ)には、「従来タイプと空押の割合は空押サンプルを見てから連絡します。」と記載されており、上記記載における「空押」とは、ビニールを高周波接着する場合に溶断刃のついていない「型」で押してビニールを溶断することなく接着することを指す業界用語であり、新タイプのものを意味するから、被告は甲第23号証のファクシミリの時点で新タイプのCDホルダをまだ見ていない旨主張する。

しかしながら、乙第83ないし第88号証(印刷用語辞典等)によれば、「空押し」とは、本来、金版を用いて本の厚表紙に文字や図柄を型押しすることを意味する用語であることが認められ、原告提出の甲第58、第59号証(プラスチック大辞典等)も、空押しが、型押し以外に、ビニールを高周波接着する場合に溶断刃のついていない型で押してビニールを溶断することなく接着することも意味すると認める根拠とはならないことに照らすと、甲第23号証における「空押」が新タイプのCDホルダを意味すると認めることはできず、この点の原告の主張は採用することができない。

<2> また、原告は、甲第24号証(昭和63年1月14日付け被告から日新へのファクシミリ)によれば、シングルタイプのCDホルダには新タイプと旧タイプの2つのタイプがあって、それが昭和63年1月14日時点まで混在していたことが分かる旨主張する。しかしながら、甲第24号証に記載された「新」と「旧」の意味は甲第24号証自体からは明らかではないところ、旧ホルダではバーコードのシールが簡単に剥がれてしまい、レンダル業務用としては不向きであることが判明したため、バーコードのシールが安定して貼着できる材料に変えたものが新ホルダである旨の甲第8号証(竹澤証言調書)及び甲第35号証(竹澤岡山地裁平成8年9月11日証言調書)による説明は、原告自身もシールが剥がれやすいとのクレームがあったことは認めていること(乙第28、第29号証一原告岡山地裁本人調書)からすると、信用できるものである。しかも、原告主張の旧タイプのCDホルダが存在したのであれば、それが本件考案の出願時の明細書に従来技術として記載されていてもおかしくないのに、本件考案の出願時の明細書(乙第4号証)には、旧タイプのCDホルダに関する記載はなく、かえって、原告が昭和62年8月8日に出願した昭和62年実用新案登録願第121790号の図面には、既に上方と側方で内袋と外袋が接着されたCDホルダが図示されているものである(乙第2号証)。したがって、甲第24号証から、原告主張の旧タイプのCDホルダが存在し、審判段階における証人篠田らの証言が動かし難い事実に反して信用できないものと認めることはできない。

(4)  本件Nマークの作成時期

<1> 本件ホルダのうち東京アビックに納品されたものに本件特許マークがあることは、当事者間に争いがない。

<2> 原告は、本件Nマークのデザインが粟飯原から納品されたのは昭和62年11月であり、その使用も昭和63年6月以降であるから、本件特許マークの付された本件ホルダは昭和62年9月10日以前に製造されたものではあり得ない旨主張する。

しかしながら、甲第23号証(昭和62年9月11日送信の被告から日新へのファクシミリ)、乙第7号証(昭和62年8月18日付け日新の被告あて請求明細書)、乙第40号証(嶋津修陳述書)、乙第41、第42号証(ミュージック620Aパンフレット)、乙第43ないし第46号証(宅急便等控)、及び乙第40号証により被告主張のとおりのものと認められる検乙第3号証の1ないし3(ミュージック620Aにあったブック式ホルダ)によれば、被告は、昭和62年秋ころ、「ミュージック620A」(奈良県八木市内膳町4-4-5所在)に対し、ブック式ホルダ(検乙第3号証の1)及び本件ホルダと同一のCDホルダの入った「マイコレクション」を販売し、同年11月8日ころ、そのうちブック式ホルダを納入したが、そのブック式ホルダ(検乙第3号証の1)には本件特許マークが付されていたこと、被告が日新からブック式ホルダを仕入れたのは昭和62年8月20日の7万枚だけであり、上記本件特許マークが付されたブック式ホルダ(検乙第3号証の1)は昭和62年8月20日に被告が仕入れた7万枚のうちの1枚であることが認められる。

原告は、検乙第3号証の1ないし3のブック式ホルダが昭和62年8月20日の7万枚のホルダとは異なるものであり、証拠の偽造等の行為があったと考えざるを得ない旨主張するが、ミュージック620Aにブック式ホルダが納入されたことは、乙第41及び第42号証のパンフレット等により具体的に裏付けられており、被告とミュージック620Aの経営者である嶋津修との間に本件特許マークの点について虚偽の供述をしなければならないような特別の関係がある等の事情も認められず、検証物の汚れの程度も同じ保管年数のものであっても保管状況により異なることに照らすと、検乙第3号証の1ないし3をもってあまりにきれいすぎるものとも認められない。これに対し、甲第27号証(粟飯原の平成10年1月16日付け陳述書)、甲第28号証(納品書控)、甲第32号証(藤原忠昭の陳述書)及び甲第34号証(粟飯原の平成10年3月2日付け陳述書)は、その信用性を裏付ける客観的証拠であるべき納品書控(甲第28号証)が1冊の納品伝票帳に綴られたものではなく、不自然な点がうかがえることに照らしても、直ちには採用することができない。

そうすると、検乙第3号証の1ないし3等は偽造等されたものである旨の原告の主張は採用することができず、日新は本件Nマークをその一部とする本件特許マークを昭和62年8月20日ころから既に使用していたものと認定せざるを得ない。

<3> また、原告は、甲第29号証の11(中島金属箔粉株式会社の得意先元帳)に基づき、中島金属箔粉株式会社から日新への本件Nマークの刻印の納品は、昭和63年4月7日である旨主張するが、同号証には、「刻印 N (株)日新」と記載されているにすぎず、その刻印が本件特許マークと同一のものかどうか不明であり、また、刻印を付する製品の大きさに合わせる等の理由で数個の刻印が製造されることもあり得ることであるから、甲第29号証の11から本件Nマークの刻印が昭和63年4月以前には存在しなかったものと認めることはできない。

<4> さらに、原告は、被告社員竹澤の平成4年7月6日付け証明書(甲第60号証)添付のホルダの図面に本件特許マークが記載されていない点、竹澤は昭和62年9月に本件特許マークに気付きながら本件特許マークの消去を原告に求めていない点、日新は昭和62年1月から昭和63年12月までの2年間にギフト専門誌「百貨通信」に3回広告を出しているが、本件Nマークを付した広告は昭和63年4月号に初めて掲載されている点(取消事由(2)<6>、<7>)を主張するが、これらの点も、上記昭和62年8月20日ころから本件特許マークが使用されていたとの認定を左右するものではない。

(5)  その他

原告が主張する被告の主張内容の変遷の点等も、前記1の認定を左右するものではない。

3  本件ホルダが公知公用となった時期についてのまとめ

以上によれば、昭和62年9月9日以前に、透明で軟質な樹脂シート製の外袋と白い不織布製の内袋とからなる二重袋であり、外袋と内袋はその左右両側において溶着されており、さらにその上端開口部の表側が溶着され、裏側は溶着されていないCDホルダ(本件ホルダ)が被告の営業用見本として、及び、東京アビックの販促品として公知公用となっていた旨の審決の認定(審決書12頁7行ないし16行)に誤りはない(なお、審決の上記認定のうち、キャリングケースではなく、CDホルダ自体に東京アビックのロゴマークが付されていた旨の認定(審決書12頁9行、10行)は誤りであるが、この点の認定の誤りは審決の結論に影響するものではない。)。

4  本件ホルダと本件考案との同一性

本件考案は、本件ホルダと同一の考案であると認められ、これと同旨の審決の判断(審決書14頁2行ないし15頁7行)に誤りはない。

第2  結論

したがって、本件考案はその出願前に日本国内において公然知られ又は公然実施された考案であり、その登録を無効とすべきところ、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年2月16日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

理由

1.本審判請求に係る実用新案登録は、昭和62年9月10日の実用新案登録出願について、平成4年3月9日の出願公告を経て、平成7年3月6日に登録されたものである。

これに対して、平成7年9月29日に本件審判請求人は次の3つの理由をもって本件実用新案録は無効にされるべきものである旨主張している。

〔理由1〕

ソニーサウンドテック株式会社の「CDキャリングバッグCK-CD1」なるディスクケースは、本件に係る実用新案登録出願の出願前に日本国内において公知公用であった。

そして、本件登録実用新案は前記「CDキャリングバッグCK-CD1」の構造に基づき、当業者が本件の実用新案登録出願の出願前に極めて容易に考案することができたものである。

よって、本件実用新案登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第37条第1項1号の規定により無効にされるべきものである。

〔理由2〕

本請求人のディスクケースは、本件に係る実用新案登録出願の出願前に公知であった。

そして、本件登録実用新案は、上記ディスクケースの構造をそのまま技術思想として表現したものに過ぎない。

よって、本件実用新案登録は、実用新案法第3条第1項1号の規定に違反してなされたものであり、同法第37条第1項1号の規定により無効にすべきものである。

〔理由3〕

請求人のディスクケースに係る構造は、少なくとも、株式会社ハゴロモ(本件請求人)の社員竹澤善孝が考案したものと言えるが、本件登録実用新案に係る出願は、竹澤善孝から実用新案登録を受ける権利を承継しないままに登録されたものである。

よって、当該登録は同法第37条第1項4号の規定により無効にされるべきものである。

上記理由2の詳細は次のとおりである。

株式会社ハゴロモは昭和62年からCD保護ケースを開発し、少なくとも同年7月までに株式会社日新(代表者 光山益弘)に下請加工をさせてその製造を開始し、少なくとも昭和62年9月10日よりも前にそのサンプル品を首都圏及び近畿圏の顧客に提示しつつ公然と販売を行った。そして、このCD保護ケースの構造は本件登録実用新案のディスクケースと特に相違する点はなく、したがって、これと同一である。この主張事実を人証、田口雅裕、氏家栄紀、篠田聖年、他3名の証言によって立証する。

平成9年1月16日、特許庁審判廷において、証人、田口雅裕、氏家栄紀、篠田聖年について証拠調べを行い、また、平成9年1月17日、同審判廷において、証人、竹澤喜孝、赤井健司、春田幸裕について証拠調べを行った。

2.証言によって立証された事実

〔証人 田口雅裕の証言〕

田口雅裕に対する請求人及び被請求人尋問の結果から、次のように認定することができる。

証人田口雅裕は昭和62年7月から株式会社ハゴロモの営業を担当し、同年7月下旬に商品CDホルダを携帯しで東京アビックの総括担当者、斉藤と面談し、オータムセールの販促品として上記CDホルダを売り込み、同斉藤からの東京アビックの営業本部の氏家栄紀の紹介を得て、同年7月30日の十数人が出席した店長会議において同見本を持ち込んでその使い方等を説明し、持参したCDホルダを同会場において帰った。その後、東京アビックが同CDホルダをオータムセールの販促品とするために、氏家栄紀から購入の注文を受け、これを9月初旬に納入した。

セールスのために携帯し、店長会議で披露した見本と、販促品として納入したCDホルダとは東京アビックのロゴマークの有無の違いはあるが、CDホルダの構造それ自体において違いはない。

また、セールスのために携帯したCDホルダ及び販促品として納入したCDホルダは、塩化ビニール製の袋(外袋)に内袋として不織布製の袋が内装され、内袋と外袋とは左右両側部で溶着され、内袋の開口端と外袋の開口端とはその一方においてのみ溶着されていた。さらに田口雅裕が図示したCDホルダの構造は上記証言と符号している。

〔証人 氏家栄紀の証言〕

氏家栄紀に対する請求人及び被請求人尋問の結果ら、次のように認定することができる。

証人氏家栄紀は昭和62年当時東京アビックに勤務していて、昭和61年2月1日から営業部次長の地位にあり、催事の推進企画をしていた。

株式会社ハゴロモ製のCDホルダを昭和62年のオータムセールの販促品として採用することとし、これを購入した。このCDホルダを購入するに至った経緯は次のとおりである。

オータムセールはソニーの秋の新商品の発表に合わせて原則として例年9月1日から、実際には年9月1日以降の直近の土曜日まは金曜日から始まるものである。

株式会社ハゴロモのCDホルダを東京アビック、二子玉川店の斉藤から紹介され、昭和62年のオータムセールの販促品として採用するように勧められ、斉藤に同年7月末の店長会議に見本を持参して説明してもらうよう依頼した。

その後の同年7月末の店長会議において、既に面識があったハゴロモの田口から、見本を持参して、その使い方等の説明を受けた。見本として持参したCDホルダは透明のビニール袋の外袋と、白い不織布製の内袋とからなるものであり、内袋と外袋とはその両サイドで止められており、また開口部はその表側においてのみ止められていた。

7月末の店長会議においてハゴロモのCDホルダを採用する方向が出されたので、稟議書作成のために、持参した見本を預かった。その後ハゴロモのCDホルダを採用することが正式に決まり、商品との区別をつける都合上、販促品用の指定のロゴマークをつけるよう指示して、8月末に納品するように注文した。しかし、実際には8月末には間に合わずに9月の頭に納品されたが、同年62年の9月5日の土曜日には間に合ったように記憶している。

納品されたCDホルダはロゴマークが入っている点を除き、その構造等において上記の見本と違いはなかった。これを各販売店の売上に応じて案分し、社内便を使って各販売店に配布した。

さらに証人 氏家栄紀が図示したCDケースの構造は上記証言と符号する。

〔証人 篠田聖年の証言〕

篠田聖年に対する請求人及び被請求人尋問の結果ら、次のように認定することができる。

証人 篠田聖年は昭和62年6月に東京アビックの二子玉川店に配属され、現在に至っている。CDホルダを昭和62年の9月から始まるオータムセールの販促品として所定額以上の買上客に配布した。二子玉川店に配属された昭和62年はマケル・ジャクソンの『バッド』が発売された(8月31日)年であり、この時期がオータムセールの販促品として配布した時期と同じであったことを記憶している。このとき配布されたCDホルダはキャリングケースに組み込まれたもので、ビニール製の外袋に白い布状の袋が入っているものであり、横の部分と前側の上の部分がCDホルダが入れられるようにくっついていて、後側は歌詞カードが入るように開いていた。

なお、CDホルダはCDを3枚以上、金額で1万円以上買った客に差し上げた。

上記のオータムセールに備えて手製のポスターを作って貼り、CDキャリングケースを写真撮影してこれを手製ポスターに貼った。

昭和62年のオータムセールは9月1日から始まったが、CDキャリングケースはその1日あるいは2日前に届いていた。上記の写真撮影に使ったCDケースにロゴ・マークが入っていたかどうかは記憶に無いが、客に配布したCDケースにはロゴマークが入っていた。9月の頭に販促品としてCDキャリングケースが二子玉川店に届けられ、客に配布した。証人、篠田聖年は販促品として使われたCDキャリングケースの一つを今日も所有している。

さらに証人 篠川聖年が図示したCDホルダの構造は上記証言と符合している。

3.証人 篠田聖年所有のCDシャトル(キャリングケース)「検甲第1号証の1乃至5」の構造と状況について検証結果。

検甲第1号証の1は蛇腹型のビニールケースで、表紙、裏表紙の間に挟まれて3つの蛇腹式の収納袋があり、表紙の下、中央にロゴマークがあり、表面にAVICの表示があり、四隅が汚れ(手垢のような汚れ)ており、裏蓋の上端に裂けた損傷部分がある。

検甲第1号証の2は偏平な袋であって、ビニール製の半透明の樹脂シートで作られた袋の中に不織布らしいもので作られた内袋が入っていて、その両側部は内のり約1センチのところで接着されている。内袋は上端裏側においては外袋に接着されていない。外袋の表面の部分には、上方に突出した舌片と、切り込みによって下方に向かって突出された舌片とが備えられている。上方に突出した舌片の両サイドには、下に切り込んだ切欠が左右にある。裏側にはPAT、それからNのマークが刻印されている。

4.上記の証人の証言から、証人田口がロゴマークがついていないCDホルダを昭和62年7月下旬に東京アピックの二子玉川店の斉藤に販売を目的として持参して説明し、さらに、同目的をもって、同年7月末の店長会議に持参してこれを説明し、さらに、販促品としてロゴマークが付されたCDキャリングケース(CDホルダを備えたもの)が、同年9月初旬にオータムセール期間中に客に対して配布したことが認められる。また、上記のCDホルダは透明プラスチック製外袋に不織布製の内袋を内装した二重袋であり、その開口上端において外袋と内袋が表側のみで接着されたものである。

以上のことは、証人田口、氏家、篠田の証言において一貫していて、特に矛盾するところはなく、疑うに足る証言もない。また殊に、CDホルダの構造については、検甲第1号証のCDホルダの構造とも符号する。

さらに、上記の証言を疑うに足る証拠は他にない。

以上のとおりであるから、少なくとも昭和62年9月9日以前に株式会社ハゴロモの営業用見本であるCDホルダ、また東京アビック社のロゴマークが付された販促用のCDホルダが公然知られたこと、および当該CDホルダは透明で軟質な樹脂シート製の外袋と白い不織布製の内袋とから二重袋であり、外袋と内袋はその左右両側部において溶着されており、さらにその上端開口部の表側が溶着され、裏側は溶着されていないものであることが認められる。

4.本件登録実用新案の要旨

本件登録実用新案の要旨は、本件実用新案登録明細書及び図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりと認められる。

「不織布を用いて形成した偏平な内袋3と、この内袋3を被う軟質な合成樹脂シート製の偏平な外袋2とからなるディスクケースにおいて、前記内袋3の一方の片面上部を外袋2内面に接着するとともに、内袋3の他方の片面と外袋2内面は接着せず、その間を紙片収納部としたことを特徴とするディスクケース。」

そして、以上の要件を整理して分節すると次のとおりである。

(イ)偏平な二重袋のディスクケースであること。

(ロ)不織布を用いて形成した内袋3と、この内袋3を被う軟質な合成樹脂シート製の偏平な外袋2とからなること。

(ハ)前記内袋3の一方の片面上部を外袋2内面に接着するとともに、内袋3の他方の片両と外袋2内面は接着せず、その間を紙片収納部としたこと。

5.比較、判断

株式会社ハゴロモ製の見本CDホルダ、または販促用CDホルダは共にコンパクトディスクを入れる偏平な二重袋であり、本件登録実用新案のディスクケースもコンパクトディスクを入れる二重袋であるから、この点においては上記CDホルダは本件登録実用新案のディスクケースに相当する(以下株式会社ハゴロモ製のCDホルダを「ハゴロモのディスクケース」という)。

したがって、ハゴロモのディスクケースは上記要件(イ)を備えている。

また、ハゴロモのディスクケースの内袋は白い不織布製であり、外袋は透明な軟質樹脂シート製であることは上記のとおりである。

したがって、ハゴロモのディスクケースは上記要件(ロ)を備えている。

さらに、ハゴロモのディスクケースの内袋と外袋とはその上端の表側において接着されていて、裏側においては接着されていないのであるから、この点においては本件登録実用新案と差異はない。

また、内袋と外袋とは上端の裏側においては接着されていないのであるから、当該ディスクケースの裏側において内袋と外袋との間に紙片を挿入することが可能であることはその構造上自明のことである。

したがって、ハゴロモのディスクケースは上記要件(ハ)を備えている。

以上のとおりであるから、本件登録実用新案はハゴロモのCDホルダと特に相違する点はなく、これと同一考案であって、実用新案法第3条第1項1号または同条同項2号に規定する考案に該当するものと認められる。

それゆえ、本件実用新案登録は同法第37条第1項4号に規定する実用新案登録に該当し、無効にすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例